私の父は爆心地近くの被爆者です。被爆者の証言も大切ですが、差し替えて教材から消してしまうのは違和感があります。はだしのゲンがマンガだったからこそ訴求力を持ち、翻訳されて世界中で読まれてきた魅力があるのです。作者は被爆者であることも忘れてはいけない。残念ですhttps://t.co/h2dJ44UF5X
— 塩村あやか💙💛🐾参議院議員(りっけん) (@shiomura) February 16, 2023
ネットの反応
それって、都合のいい大人の解釈では?
歴史に、今と合うとか合わないなんて、おかしくないですか?
この判断、広島の皆さんはどう思われるのでしょう?
〉自分は読んだことがあるけど
暴力のオンパレード
原爆のシーンはいいとしても
今で言う有害図書それが戦争の現実なんだから、有害図書とかではないよ
ただ、精神的に耐えられないとかなら分からなくもない。リアルすぎて。
そもそも、これが有害なら、結構な図書が有害図書になるよね。
教科書と言う、限られたページしかないものに載せること自体、文脈を誤解させる行為だと思う
中途半端に数ページ載せるくらいなら、図書館に全巻置くべき
残酷な事でも現実にあった歴史として繰り返さない為にも知ることは大切なのではないだろうか?どっかの国のように自分達の都合の良いように歴史的な事実を変えて伝えたりしてしまう方がよっぽど問題だと思うけど
私も読んだことありますが、暴力シーンオンパレードなのは事実なんだから目を背けたって意味がない。
きれい事だけでは生きられなかった残酷さは、戦争がいかに非道な行為なのかを考えさせられます。
また、集団ヒステリーがどれ程恐ろしいことかも正確に伝えているので、コロナ渦の現在だからこそ読んでもらいたい有益図書です。
もちろん、原爆の悲惨さを伝えるのに、これほど真に迫っているものはない。まぁ、確かに後半は????となる事も多いけど、前半はちゃんと教材として残して欲しいです。
一部分だけ抜き出して議論するからズレるんだろうが。漫画に人を殺すシーンがあるから有害だってのと同じで作品としての評価をしようとしてない。広島市は教育者の教育が必要だな。
読んだことがありますが、たしかに暴力的な厳しい描写もありますが、広島でも他の地域でも戦時中に漫画に出てくる描写があったのは他の史料からも事実。
暴力的だと思う人もいるとは思いますが、あの時代を二度と繰り返してはいけないという教材にしてほしいと思うのですが…。
ギギギ…
普通に面白かったけどな。反骨精神というか「なにくそ」根性というか。差別に苦しみながらもそれを跳ね返す力強さ。そして子供時代の敵も成長とともに社会の荒波の前には苦楽を共にした仲間意識に変わるという感じとか。
小学生が読んでも青春群像物としては面白かったよ。原爆の描写ばかりスポットが当たるけど。戦後を力強く生きようとする若者の命の輝きってのを感じた。読んだのは30年以上前だけど。あの極太タッチじゃないと力強さは表現できないよね。平和教材かどうかは微妙。
あれ読んでも核武装に自分は前向きだし。
広島県民です。
小学校1年の夏休み前、突然クラスの教室にモノクロの凄惨な写真が並べられたのがトラウマで覚えています。ただその写真では伝わらない、その時の広島の人たちがどう暮らしたか?を伝えてくれたのが「はだしのゲン」でした。今さら綺麗ごとを並べ立てて、どうなるのでしょうね。
それで本当に戦争の惨さが伝わると思っているのか。
戦争の惨さを知るからこそ、今の平和を大事にし、命を大事にし、他人の命も奪ってはならないと学習するのではないでしょうか。
過度な反戦意識は垣間見えるし、時代錯誤で過剰な描写もある。
それでも、戦争(被爆者)と戦後の生活を端的に示した名作。
広島出身ではないが、戦後は近い生活をしていたと亡くなった祖父母からも聞いていたから、特に違和感は無かった。自分はゲンを読んで育った世代だが、あんな状況に陥ったからこそ、選挙と国防はなにより大事だと思っている。
ゴジラを同時期に見ていたので軍隊に対する反感なんて持ちようが無かったし、結局は受け取り方ですよ。
うちの小学校ではマンガとして図書室に置いてあったのははだしのゲンで、小学生の時から読んでいた。教材としてどうなのかではなく、あの時になにが起こって、ゲンがそのあと生きていく中での物語で、当時は本当にそうだったのだという事を令和になっても伝えていかないといけないと思う。だから戦争や核兵器をもってはいけないのだという平和学習とおもうのですが。広島市がなぜ核兵器廃絶を言い続けているのか、うわべだけでなく学習することではだしのゲンは良い教材だと思う。広島に生まれなければ多分読んではないマンガだと思う。
小学校三年生の頃
担任の先生がもってきてクラスで読みました
正直、怖い気持ち悪いと思う所もあったけど
戦争は絶対駄目と強く感じたな~~
時代はかわったのかな
あまり綺麗にしすぎるのもどうかと思う
その通りですね、実体と合わないって、なんなんだ。
当時のそのまんまを伝えてこそだと思う。
酷い事を、気持ちの悪い時感じる事もそのまんまを伝えてこそ意味があると思うのに。
陰鬱で暗い、戦争に何も良い事なんてない、、
それが伝わる為にはありのままに近いものを現代の我々は知る必要があると思う。
原爆資料館も、あの怖い人形は撤去されましたし。
生々しさから、デジタルで。
どちらかというと、きれいな展示に。恐怖だけを植え付けるのは違う…というのが、時代に合った教育らしいです。
でも、リアルな戦争は、そんなにきれいなものでは無いはず。
子供の頃は、正直、完全にトラウマでしたよ。
小4の時、広島市内を歩いていて、アスファルトの下には当時のヒロシマがある。と、意識した途端、動けなくなりました。
それぐらい、恐ろしかった。
同じことを繰り返すのは絶対に嫌だと、強く思うようになりました。
教科書からは消えても、映画や学級文庫に置いてあれば、それでも良いと思います。
確かに言葉や思想を「教育」とするならば、先生は難しいというか、悩ましい部分もあると思うから。
世界が以前より不安定に感じる今こそ、
「実体が合わない」の判断ではなく、
戦中戦後の悲惨さや苦しさを子供達が擬似体験的に知って学ぶ必要があるのでは?もしも観た子供達が現代の生活とは遠く、
その残酷さに暗い心の痛みを感じるなら、
それは単なるショックではない。
子供達がその痛みを知り思い考える事は、
平和への判断を考える時の大事な糧になるのだと思う。
生きてる限り傷つけられれば、
誰でも痛いし苦しい。
しかしそれでも生きる事を諦めずに、
前を向いて歯を食いしばり生きる。
痛みから逃げられる時と
否応なく向き合わなければならない時がある事を知る。
ふわっと綺麗事の文字を羅列して平和を説いた授業や話のみで、
子供達はどれだけ平和の尊さを感じる事ができるだろう??
戦争の痛みや残酷さを知り、
生きる事の大切さを学ぶ機会を教育から無くさないで欲しい。
10年前松江市での裸足のゲン閲覧制限騒動では、天皇陛下に対する侮辱、国歌に対しての間違った解釈、ありもしない日本軍の蛮行が掲載されているとし、子どもたちに間違った歴史認識を植えつけている恐れがあるため小中学校図書館からの撤去を求めるものだった。最終的にこれらの要求は却下されたが、市教委は「小中学生には描写が過激」という別の理由で閲覧制限を打ち出している。
過激な描写の例として、日本兵が妊婦の腹を切り裂いて赤ん坊を引っぱり出したり、女性器の中に一升瓶をたたきこんで骨盤をくだいて56す場面などが挙げられている。こうした描写が事実に基づいているかについて疑問の声も上がった。
はだしのゲンは、人間の悪い部分とかリアルに出過ぎて小さな子供にはトラウマ等悪い印象を与えるからでしょう。
実際、大人になってから読み返すと気持ち悪くなってしまうし当時の状況がありのままに書いてある作品だと思う。
個人的には、強制で見せるべきではないとも思う。ただ、先生が被曝や戦争の恐ろしさをもっと知りたいならはだしのゲンという漫画があるよということを教えてあげて欲しい。
昔、学校の先生の薦めでアニメ化した物のビデオを借りて見たことがありますが、子供だった自分にとっては怖い部分ももちろんありましたが、家族愛とか道徳の面で惹きつけられる部分もあり、のめり込んで見てしまうほど見ていたのを覚えています。
時代が変わるのは理解できますが、毎日のようにスマホなどでゲームをするよりも時にはこういう過去の話を漫画でもアニメでもいいから見た方がタメにはなると個人的には思います。
私もそうでした。私の周りも「学校の先生のを読んだ」「図書室にあったから読んだ」という子が多いです。
学校の先生方が私物(愛読書)を教室に並べて読ませているのがはだしのゲン、っていうのは納得というか。大人になってみて分かるけど、内容的にもある意味中立ではないのがよく分かります。
はだしのゲンとかは見てて物凄い切ないし悲しくなるし怖くなる内容だけど、その分「戦争はこわいもの」「こうなりたくはない」という思いが強く育つ作品よね
戦争について描かれる作品は数あれど、戦闘を格好良く見せてるものとかは作中で悲劇なシーンがあっても「兵器格好いい」「戦闘シーンが格好良い」のが先立ってしまうし、一方的弱者な立場を描かれてる作品はとても重要だと思う名作とも言える「はだしのゲン」を今になって扱わないようにするのは
防衛費絡みとイメージ向上の為とかだとしたら、この政府ならまた同じ戦争を起こしそう。今は原材料高騰や物価高とかも伴って歴史背景が過去に段々似てきてるしね
ファッションが回帰するのと同様、人は繰り返すもんなんだと思う
火垂るの墓のように小説では暗く陰鬱でやりきれない話が、アニメで美しい話になっているように、都合よく変えられては良くないと思いますが、はだしのゲンの漫画より、NHKの「映像の世紀」で見れるような、フィクション無しの映像・画像、実際に体験した方の書いた絵や言葉の方が重みがある(同時に見る人の心には痛みがある)のは事実で、それに寄せていくという意味であれば良いのでは?
サミットに向けてのアメリカへの入りなのか?
得意の隠蔽にも思える。
柔らかい優しい伝え方もあるかもしれないけど、連載当時、子供の自分に強烈な反戦の思いを強くしてくれたのは間違いない。
時代にそぐわなくても、歴史を教えなくて良いわけではない。
そもそも学校教育って古事記とか日本書記とか教えて近代史は足りない気がする。
社会に出る前に現実を勉強して、保証人になるなとか、詐欺事件の事も闇の部分も教えた方が良いと思う。
子供にも事実をリアルに伝えた方が良いと思います。戦争に限らず、災害や犯罪に巻き込まれて、悲惨な状況を目の当たりにした時、一々メンタルをやられていたら、今後、今の社会で生きて行けない大人になってしまいます。私自身も悲しさや残酷さを描写した話は嫌いですが、世界的には、未だに現実の問題である事を知るべきです。
はだしのゲンは作者の自伝的な作品ではありますがノンフィクションのドキュメンタリーというわけではなく、事実と明確に異なる描写もないわけじゃない
リアルに伝えるべきである、というのとそのための教材としてはだしのゲンが相応しいのか、というのは別の話では?
はだしのゲンじゃなくてもいいけど、何らかの教材で戦争の悲惨さを正確に子どもたちに知らせることは大切だと思う
それがかつて戦争に巻き込まれて犠牲になった方に対する唯一できることだと思うけど
はだしのゲンは、始めは少年誌の連載だったのに、途中から共産党系の雑誌に、その後は日教組の機関誌の連載だったからね。少なくとも少年誌(ジャンプ)の期間は政治色も薄く、戦争末期苦労する国民と戦争の理不尽さ、原爆を落とされた広島の悲惨な情景がしっかり描かれていると思う。
担当編集者が有能だったんだな。
これを読ませた後に、一方的に攻め込まれたウクライナについて話し合う授業をすればいい。
原爆について悲惨さを教え平和を願うことはもちろん大切です。 しかしどうしたら平和を守れるか二度と核攻撃を受けないためにはどうしべきかを考えることはもっと大切だと思います。 日本人はどうしても情緒に流されて平和を守るためにはどうしたらいいのか現実的に考えるのが苦手ではないでしょうか。 例えば二度と核攻撃をされないために日本も抑止力として核武装をすべきだということも考えられます。 学校でもそういうことを学生に考えさせたら良いと思います。
震災の時に日本はモラルを無くさなかった、さすが治安のいい日本なんて言われていますが、報道されないだけで、現実は綺麗事だけではすまされない。
極限状態の人間の必死さとはこういうものだということを、ダイレクトに描き、こうならない為に戦争はいけないのだと伝える点では、読んだ方がいい作品。
オブラートに包み過ぎると、理想ばかりで危機感が遠くなりそうで、そちらの方が、怖い。
そもそも、時間の都合で現代史まで辿りついてる学校がどれだけあるんだろうか?
私は明治時代以降の日本史をちゃんと勉強したのは大学受験お時でした…戦争の残酷さや理不尽さ、なぜ避けなければならないのかを教えるなら、今世界中で起こっている闘争を題材にしてはどうかと思う。
この先の未来、他人事として逃げられないのだから。
広島出身じゃないけど、小学生の頃に教室にそっとこの本が置かれていたのでよく読んでいました。
ものすごい衝撃で、一度読んだだけでも一つ一つのシーンが胸に焼き付いた。
小学校低学年ながら、「戦争はこんなにも人を醜く変えてしまうのだ」という事をこの本から学びました。
確かに教材として授業で扱うのはすごくやりにくそうな内容だけど、これからも教室に置かれててほしいと思う。
戦争経験者がどんどん少なくなってきているから生の声で聞けない以上どうしたってリアリティは失われていく。話は逸れるが昔は新宿でも戦争で負傷したであろう人たちが大道芸生計を立てていたと聞くが当然今は見られない。身近でなくなってきていることに対して、何が出来るかを考える必要があり、はだしのゲンを無くすというのであれば代替となるものを教えて欲しい。
「事実をリアルに伝える。」:賛同します。でもこの漫画はフィクションですよ。原爆や戦争の悲惨さを伝える意図は汲んでも、事実を教育する教材としては不適ですよ。私も子供時分に読んで戦争は忌避すべきと感じました。大人になった今はただ忌避して平和を唱えるだけでは願いが適うわけではないことを知りました。
無責任な大人達が子供が悪い事をしても怒らず罰を与えず優しく対話しましょうとやってきた結果どうなったか、悪い事の境界線がわからなくなり、問題をおしても謝れば許してもらえると勘違いした子供が成長して周りに迷惑をかけ大問題になった、そして怒らず罰を与えないほうがいいと言ってた大人達は子供が問題を起こすのは親や学校が悪いと手のひらを返して文句を言い出してる子供が可哀想という無責任な大人達の身勝手な理屈で戦争や原爆という悲劇を知らないで育った子供は戦争が起きるとどうなるかという想像力が欠けてしまう、子供が可哀想だと思って行動してる身勝手で無責任な大人達の自己満のせいで子供の未来は奪われ続ける
はだしのゲンは、被爆の悲惨さだけでなく、窮地に陥った人間がどういう行動を起こすかがよく描かれていると思う。
生きるために身体を米国の軍人に売って生活する女性、被爆者の親族を気持ち悪がって遠ざける家族、戦後の治安の悪化による犯罪の増加等の「人間の真実の負の面」に迫りながらも、逞しく生きようとするゲンや家族、友人たちをキチンと描いている。
大人たちにとって都合の良いものばかりを見せようとし、子供を綺麗に綺麗に育てようとする最近の風潮は、本当に良くないと思う。
人間は汚く陰険な部分もあり、過ちを犯すこともある。しかし、周囲と力を合わせることで過ちを正せるし、またやり直せる。
子供には、人間の真実や社会の厳しさをもっと教えるべきではないかと思います。
最近の子供は良くも悪くも過保護が過ぎるように感じます。
生きていくにはきれい事だけではすまない。
公園の遊具の撤去もしかり。
過保護にすることで危険認知力が低下するだけでなく、危険回避能力を養う機会も奪われます。
今は子供でもいつか必ず大人になるのだから、ある程度の社会のダークな部分を知り、問題が起きた時に自分の力で回避出来る力を養う事も必要だと思います。はだしのゲンは戦争の愚かさだけでなく、人間のどろどろした面も正直にさらけ出された名作だと思うので、教科書から削除されても何か他の形で子供達に紹介し続けて欲しいですね。
ゲンが父、姉、弟を助け出せず、身重の母だけを助けて逃げなくてはいけなかったシーンは心に重く残り続けています。
どんなに辛かっただろうか。
弟が「兄ちゃん自分だけずるいぞ!」と言うのですが、この言葉は本当に辛い。
火災後に骨を拾いに行くシーンも、辛い。
辛すぎてしんどくなりましたが、これが戦争の真実なんだと子供ながらに理解しました。
まさにその通りですね。戦争がひとたび起こったらこんな悲惨なことになるということをしっかり伝えている作品ですよね。ゲンの父親が反戦をうったえて憲兵に連行され拷問されるシーンがあります。戦争中は人権がむしされ、自由が奪われ、自由にものが言えなくなることを伝えています。戦争は絶対に起こしてはいけない、巻き込まれてはいけない、とこの漫画は教えてくれます。
岸田政権、自民党の意図はそのような反戦思想がはびこらないようにあらゆるものを検閲し、人々にその手のものを見せない、聞かせないようにすることが明白です。
つまり、今の岸田政権がやっている戦争容認の思考を進めようというプロパガンダがあちこちで行われています。日本が戦争に巻き込まれようとしている現実があることをひしひしと感じます。恐ろしい世の中になってきました。
コメ主さんの言う通りだと思います。はだしのゲンの漫画を見ていると原爆の悲惨さを描くというよりどんな状況であっても家族と死に別れるといった悲しい出来事があっても希望を持って逞しく生き抜いていくという事がテーマになっているような気がします。この漫画は戦争だけではなく地震などの天災時にあってもいろいろ醜い事もあるかもしれないけど被災者の心の支えに十分なり得ると思います。
>大人たちにとって都合の良いものばかりを見せようとし、子供を綺麗に綺麗に育てようとする最近の風潮親として心に刺さりました。本当にその通りと思います。
私は昭和世代で、父は終戦時十歳だったので、綺麗事でない話も聞いて育ちました。
今どきの教育にそぐわない、子どもを傷つけるからと何もかも遠ざけた結果、自己認識と承認欲ばかりで共感や思いやりのない社会になってしまっている。今も変わらず戦争も人間の醜さも目の前にあるというのに。
はだしのゲンはフィクションですが原作者本人の被爆体験が元になっていますのである意味何よりも真実味のある漫画だと思います。私が最初に核(原爆)がいかに恐ろしいものだと頭に刻みつけられたのは,はだしのゲンを小学生の時に読んだからです。
確かに小学生の時は気持ち悪いものだと思った時もありますあのくらいの衝撃がないと核が恐ろしいものだという認識を植え付ける事はできませんし一見小学生の教材には相応しくないようにも思いますが厳しい現実を見せるのも一つの教育だと思いますが。
子供のうちは甘い夢だけ見せ続けても大人になって社会に出ていけば誰しも厳しい現実を突きつけられるのですから今の危ないものや汚いものを見せない教育が果たして正しいものかと思うことがあります。
>大人たちにとって都合の良いものばかりを見せようとし、子供を綺麗に綺麗に育てようとする最近の風潮は、本当に良くないと思う。ここですよね。
都合のよい事ばかりを見せ自分で考える機会を奪いイエスマンを育てようとしているように見えてとても不気味。
これが行きつくと政府は暴走する。戦争へと駆り立てられる。
それを歴史が、そして戦争の悲惨さをこのマンガが証明してるのに教材から削除という事に危機感を覚える。
この作品がダメって!
今の子供達には表面上綺麗なものを見せとけばいいのかな!?それは違うと思う。
それこそ語りべの人達も亡くなっていき実際の体験談なんて聞くことが無いと思う。
だったら尚更衝撃的でも良いからどれだけ悲惨だったかを伝えるべきなのでは?
なんか逆に今の子供達って可哀想だな。
表面的な物事しか与えられないから多分社会に出ても苦労するんだろうな。
原爆について悲惨さを教え平和を願うことはもちろん大切です。 しかしどうしたら平和を守れるか二度と核攻撃を受けないためにはどうしべきかを考えることはもっと大切だと思います。 日本人はどうしても情緒に流されて平和を守るためにはどうしたらいいのか現実的に考えるのが苦手ではないでしょうか。 例えば二度と核攻撃をされないために日本も抑止力として核武装をすべきだということも考えられます。 学校でもそういうことを学生に考えさせたら良いと思います。
そうだと思います。
私はなるべく残酷であっても真実に迫るものであれば教えるべきだと思います。
さらに言えば、そのような残酷な結果を招かないための備えが必要ともいえるので、日本が強力な防衛力を備えるべきだということにもつながります。抑止力が重要です。
子供の頃、我が家に「はだしのゲン」全巻ありました。読みまくりました。
大人になって広島に行きたくなり10年ほど前に8月6日の平和祈念式典に参加しました。会場の後ろの方で立ち見でしたが…あの場に自分も居れて凄く良かったと思ってます。子供の頃に「はだしのゲン」を読んでたからだと思ってます。全巻買ってくれた両親に感謝です。
私も忘れられません。
一巻終わりからの二巻始めに
可愛がっていた弟のシンジが焼けていくさまは可哀想過ぎてショックでした。
でも、それが戦争の現実なんだと子供ながらに思わされて、ある意味でいい教科書だったと思っています。
衝撃的で未だに覚えているシーンがいくつもあります。
インパクトが強すぎるというのはあるのかもしれませんが、事実は事実なので、削除されるのは残念に思います。
>天皇や軍部批判、南京虐殺の記述あたりが、保守系団体や保守系議員から槍玉にあがったのだと想像。私が子供のころ読んだ中にはそのような記述はありませんでした。
そもそも5巻で完結していました。
大人になってその続編があると知りました。
上記のような記述は、その続編に書かれていたものでしょう。
私のイメージでは、5巻までとその続編では、思想が全く違うように感じられます。
戦争は悲惨なこと。
今のロシアとウクライナを平然と傍観していてはいけない。日本もいざ起これば、このようになるという良い教材であったはずです。
私は広島生まれでなく縁故もないのですが、
はだしのゲンが小学校の図書室にあり、
おお、漫画がある!!というだけの理由で
とにかくはだしのゲンを読みはじめ、
そして子供ながらに色々と考えながら
読み耽った小学校時代を過ごしました。
広島という地に思い入れがありますし、
幾度となくひたすら旅行にも行きました。日本の、日本人の歴史を、
日本人にこんな時代があったことを、
今の日本人が、誤魔化したり揉み消したりしないでほしい。
はだしのゲンを何度も読み、原爆について知ることができました。あれがなかったら自分の知識は今は全然違うと思います。尾崎豊の「卒業」の「盗んだバイクで走り出す」という歌詞でそれをマネする少年がいないのと同じで、当時の鯉を盗んだ実情と今の子どもの行動は別ものと子どもだって分かりきってると思います。読んでた当時小学生だった自分もそうだし。
あれが教材に使われないのはすごくもったいないと思います。
子どもが読む気になるのはマンガ、ってパターンはかなり多いし。
正しいか、正しくないかは、別にして、あったことをそのまま伝えるべきだ。広島の原爆記念館で息子は、大泣きした。はだしのゲンは、残すべきと私は確信する。
広島県人です。生活実態に合わないなんて、今更何を言ってるのかと思い腹立たしい。
車、電化製品の普及で生活様式はもう半世紀前には変わっている。
世界的にも評価されている「はだしのゲン」、地元広島の子供に伝えていかなくてどうするのかと、声を大にして言いたい。
私自身は読んだ事ないけど、子供が読んでトラウマになったと言っていました。
私は小学生の頃、学校の図書館にあった原爆の写真や絵が書かれた本を見ていました。
悲惨だけど知っておかなくてはいけないという思いが強かったからかな。>>児童の生活実態に合わない
というのは、二宮金次郎の銅像が老朽化もあるけど、ながら読みはよくないという理由で撤去されるのに似てるかも。
はだしのゲンも、教科書掲載は削除されても書籍として残っていくだろうし、新教材に採用された絵本も、児童に伝えたい本質は同じなら良いと思う。
はだしのゲンはもしかしたらもう少し上の中高生くらいが読むのがいいかもね。
私もはだしのゲンの漫画を見て心を揺さぶられ子供にも平和教育をし子供を連れて原爆資料館にも訪れました。だんだん風化していくのは仕方がないけれど次世代の子供たちに伝えていくことは大事なことであり義務だと思います。