まだ「クマさん可哀想・・・」という意見が世の中に存在する事に驚きを隠せません。自分の子供が「異臭を放つ糞の材料」にされても同じ事が言えますか?無理でしょう。「頭かじられた」ハンター襲ったクマか 子グマと母グマの死がい発見(STVニュース北海道)#Yahooニュースhttps://t.co/fW0AqevCug
— Spector EURO4LX B.C (@SPECTOR_NS_2) August 27, 2020
ハンターがヒグマに襲われ重傷 発砲し反撃…駆除したかと思いきや”死骸”消える…手負いの状態で潜伏かhttps://t.co/nRUXY5z25k
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「死んだふり」を意図的にしたワケじゃなかろうが、手負いのヒグマを逃したのは怖い。
逃げた先で死ぬか、これにこりて人里に出てこないならいいのですが。— antilock2020 (@antilock2020) August 25, 2020
ネットの反応
この手のニュースがある度にコメント欄が同じ話題になってますね。
採算の合わない林業など減らして、動物のエサとなる植物を増やしてほしい。林業の人たちには悪いが、そういう仕事という認識を持ってほしい。
そもそも、森林総研がまともに機能してない。
手負いの母熊は同じく子熊を見捨てて逃げる事は出来なかった。
親子の情は人も動物も変わらない。猟師もばったり出遭って襲われては急所を狙っての射撃はできまい。
野良猫や鳩は餌やりフン害で問題だし、猿の餌付けは観光地になる手もある。
しかし、熊との共存にはオリが必要では手も足も出ない。
熊を捕らえて、小さな熊牧場つくり、残飯を食わせる。
そうすれば、熊は恐れて近づかなくなるのでは?
捕まえた熊は、しばらく飼って代わりの熊が来たら山へ放つ。
元々彼らの領域を人間が犯し続けてきたことが無縁ではない
難しい問題だが共存の道は無いものだろうか・・・。
撃たれながらも逃走するヒグマ。凄絶な状況に衝撃すら感じる。吉村昭氏の小説「熊嵐」を思い出しました。
ハンターがいなくなり獣に立ち向かう人がいなくなったら人間はただの「エサ」にすぎない、労せずおいしく食べられる
食害や、犬や人を襲った訳ではないのに、
何故わざわざ射殺しに行ったのか?襲われた猟師さんも気の毒だけど、なにも
熊のテリトリーにわざわざ入って撃つこともないでしょう。
死んだ親子の熊が痛々しいです。 合掌
市民からの熊出没通報が増え駆除対象となれば市が判断して、猟友会に指示が出る流れだったと思います。
本当は熊なんて怖くて打ちたくない、と言っていました。笹で覆われている森の中はいつどこから熊が出てくるかわからず。
でも熊は至近距離で打たないと外してしまうと逆に危ない、と聞いたことがあります。
凄い緊張感が伝わってきました。
いつまでも対処療法みたいなこと
やっていても進歩がないですよね。
少子化の影響で外で子どもの声が一つも聞こえない静かな過疎地ばかりになってしまったのも、熊が人の住んでいる領域がわかりづらくなっている理由の1つかもな…と感じました。
例えば福岡はゴミ出しを朝でなく夜にしますが、これはカラスの習性を考慮した対策です。こんな風に熊の習性はどんなものか、専門家と市が協力して対策し、実践し、データを毎年取って…始めないといけない段階に来ていると思います。