「患者にも家族にも配慮がない」「誤解を招く」 厚労省の「人生会議」PRポスターに患者ら猛反発人生の最終段階でどのような対応をしてもらうことを望むのか、家族ら大事な人たちと話し合っておくことに、「人生会議」と愛称をつけた厚労省。 その「人生会議」を広… #いいねした人全員フォローする pic.twitter.com/B3GStR5pB0
— 案外難しいバンドリ履歴書 (@suuken2019) November 26, 2019
死にゆく人が家族に不満をぶちまける内容
ポスターは「人生会議」のキャンペーン事業を受注した吉本興業が作成し、「人生会議」という愛称の選定委員にもなったお笑いタレントの小籔千豊さんを起用しています。小藪さんは50代だった母親を亡くした経験があります。
ポスターでは、小藪さんが死を目前とした患者として酸素チューブを鼻につけ、ベッドに横たわりながら、心の声を明かしている内容になっています。
青ざめた暗いイメージで撮られた写真に重ねられているのは、自身の望みを伝えることができなかった家族に対する不満の言葉です。
がん患者団体が抗議 「当事者や患者の心情を配慮していない」
これに対し、がん患者の仲間や家族へ相談支援を行なっている卵巣がん体験者の会「スマイリー」代表の片木美穂さんは、11月25日、作成した厚労省の医政局長や地域医療計画課在宅医療推進室長、PRポスター担当者あてに、抗議の文書を送付しました。
「『人生会議』のPRポスターについて改善のお願い」と題した抗議文書の中で、片木さんはまず、
《「がん=死」を連想させるようなデザインだけでもナンセンスだと思いますが、このような強い後悔を感じさせる恐怖感を与えることで本当に「人生会議」をしようと思うのでしょうか?
これを目にする治療に苦慮する患者さんや残された時間がそう長くないと感じている患者さんの気持ちを考えましたか?》
と訴えます。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191126-00010003-bfj-soci
ネットの反応
自意識過剰な患者が多いね
そんなこといいだしたら、
離婚調停中の人にマッチングの広告
不妊で悩む人にたまひよ
などなど、いちいちそんなのをアピールしてたら何も表現できんよ。
国としては財源不足でどうしても「家で看る」を美徳として世間に広めたいんだろうけど独り者が多い今現実的ではないし、なんかちょっと急ぎすぎてる気がするがその急ぎがこういう広告として出てきてしまって
結果反発される結果になってる。
嫁と子供と過ごしたい=嫁が壮絶な介護
という事だし、家で看ない嫁=悪い嫁
と刷り込ませているような気もする。
それに何より勝手にがん患者の気持ちを代弁してるのもこの写真もとても刺さるが刺さりすぎて当のがん患者には不快に思うだろうなとは思う。
ややシリアスな内容をコミカルに表現しようと意図したものと思うが、そもそも面白くないし何が言いたいのかわかりづらい。また、病院で人の目に入れるものであればあまりに配慮がないと言わざるをえない。
インパクトをつけるのに有名人を使うのは良いと思うが、お笑い路線ではなく感動的な路線で行く方が誰にでも受け入れやすい気がする。
医師の立場としては、もし在宅医療の推進を意図するものであれば、御看取りの場所をどうするか(病院or自宅)、延命治療はどうするか、誰が面倒をみるかなど現実的に直面する問題を考えさせる内容にしてほしい。普段の思いを伝えるうんねんなどは(大事なことだとしても)在宅医療の促進にはつながらない。
小籔が悪いw
死に方は千差万別、家族の感じ方も千差万別
暴走者に突然愛する家族を奪われる人もいれば長い闘病生活の末、亡くなる方もいる。お笑い芸人を使ったのも癇に障ったようだ。
死について、およそ全ての人に納得してもらうことなど不可能でしょう。
お笑い芸人を用いたのは深刻になりすぎないようにするための策だろうし誤りではないと思う。
お役人達は真面目に多くの人に知ってもらいたい、考えるきっかけにしてもらいたいと考えた作ったと思うが・・・
お役人のみなさま、当たり障りのないポスターを作って終わりにしましょう。
報われない仕事はストレスになります。
危篤の危機にあった身としては、まず、波形が止まる絵はダメだろ。小藪の顔芸を使うな。止まる恐怖をなめんな。
あと、危篤は普段の状態ではないから、心の声のエネルギーが限られているそんなときに細かいツッコミなんてしないからね絶対。
生還後に記憶に対してツッコむだけで、その瞬間の記憶は目や耳が拾ったものを自動で情報記憶されてるだけ。気持ちとしては、痛みと恐怖と後悔と開き直りと感謝。包容力と母性本能と達観と神の目。ここを改変するな。
だから不謹慎なお役所ギャグとみなされ軽蔑される。
ポスターなんだから反響あるぐらいのキャッチコピーじゃないとポスターではない。インパクトあって当然。
差別表現とかはもちろん論外だけどね。炎上勝ちじゃないけどこう
なることでこのポスターの効果は出たよ。
現場にいない人間が考えたポスターでセンスなさすぎ。
こんなポスターどの病院も張らないだろうな。
色んな意見はあるけど、このニュースで「人生会議」という言葉を知りました。そして伝えたい事もわかりました。別にポスター見ても何も思わないけど、貼っていたら「あ。あのニュースのだ」って思い出すから貼ればいいのに。私は厚労省がこんな事を推進してたのも知らないから抗議してくれたおかげでPRは大成功では?
記事を3回読み直したけど
このイメージがガン=死という意図は厚労省にも吉本にも多分制作会社にもないよね
死んじゃう前に話しておこうってのがわかっただけで
何故ガン関係の団体が抗議するのかな?
と思った
死を連想させるって、死にそうになった時の話しだから当たり前だろ?ガン患者や闘病者じゃ無くても健康な人だって事故で死線を彷徨った時に、自分にもしもの時が有った時の話しを決めて置けば良かったって思うんじゃ無いの?なんでもかんでもケチつけるクレーマーの言う事を一々聞いてたら、なんも出来ないよ。
真意も汲み取らず、自意識過剰で傷ついた傷ついた、ってめんどくせー奴ら
小藪が悪いわけじゃないが芸人に言わせるとジョークにしか聞こえないからあんまり心に響かないな。
こういうネタにすると受けるとか考えてるほうがはっずいわ。
抗議文に、癌=死を連想するとかいてあるけど、ポスターのどこにも癌とは書いていないし、自分はポスター見ても癌だと連想はしなかった。
いつくるか分からない死の前に、後悔しないよう話し合っておこうって主旨はよくわかる。
患者側が敏感になっていて不快に感じるのも分かる。
でもこれは明らかに周りが不快になるというレベルとは違う気もする。
そりゃ一部の人は嫌だったりするかもしれないけど、それは何事も同じ。
何でもかんでも文句つける奴がいるよね。
どーせこれシリアスに作ったら「暗い気持ちになるから」とか何とか難癖つける奴がおるやろ。
人間に個性がある以上、制作物に関しては誰かが喜べば誰かが不快な思いをする。全員が100%幸せになるモノなんて無い。マイノリティに目を向けるのは良いが、だからといってマイノリティに靡くのは話が違う。
目前に迫る自分の死というものを受け入れられる人はそもそもこんな状況にはならないだろうし、死にたくないと思って闘病している人はそんな「会議」思いつきもしないだろう。
つまりは後者の人にまで「ジタバタせずにさっさと死ぬ準備をしろ」ということだから、そりゃあ反発も批判も来るよね。
人間、死んだら「無」なんだから、死んでからあれ言ってなかったわとか、言うとけばよかったなんて絶対に思うようなことはない。
死ぬ寸前になってこんなこと思わずに済むように、ってのはハッキリ言って説得力のカケラもないと思う。
結局は何が言いたいのかよくわからん、ってなる。
どうせ治らん患者が余計な医療費使うな、ってことか?
モンスター現る
今の時代に家族に対して思い入れがない人が大半だと思う。
昔のような本当に幸せな家族がこの日本にいくら残っているだろうか。
生活が楽とか苦しいからとかではなく個人が楽しく暮らす時代に家族の絆が薄れてきてしまった。
お父さんが大黒柱として家族を守り尊敬され、お母さんに愛情をそそいでもらったりお爺ちゃんやお祖母ちゃんに本当に愛され兄弟が互いに助け合う家族がどこにあるだろう。
核家族を通り過ぎ今は個家族の時代
家族は人生会議なんてどうでもいいからちゃんと遺言だけ残してくれればいいよとしか思ってないだろ。
親父・旦那なんてただの養う機械としか思ってないだろ。
アホみたいなポスター作って多額の税金をドブに捨てる。ほんとに行政のセンスがないね。
政権とズブズブの吉本興業制作だから?小籔だから?かと思った。
反発があっただけでも少しは認知されたのでは無いかな?
なにも癌患者に焦点を当てた広告じゃ無いでしょう?
死というのは何も特別な物じゃ無いのに、口に出して話すことを忌み嫌う。
それじゃダメなんじゃ無いのか?
生死の話をして良いのは宗教だけじゃ無い。
死ぬ間際になって話も出来なくなってから話しておけば良かったと後悔するより
喋れる内に言いたいことを伝えるきっかけとしては良いと思う。
自分の意思を正確に伝えるという意味では
元気な内に遺言書を書くのとそう大して変わらないでしょう。
どんなに言葉を弄しても、死にゆく家族の前で、このポスターを肯定的に受け止められない。一度、大切な人の臨終の前で、このポスターを見返して見て。恐らく、怒りしか湧かない。
母との死別の時「ありがとう、皆ありがとう」と母が言い残した。そこに「はっず」などという軽薄な言葉はなかった。私は「愛している、お母さん愛している」と答えた。
母は残していく家族を思い、私も死にゆく母を悲痛な思いで見つめた。こんな健康そうな顔して、こんな言葉を列記して、人の死に対する敬意がまるで感じられない。一辺死に向かい合ってみろ。大馬鹿者どもが。
このポスターからガン患者とは思わなかったけども…なぜそうなる?
小籔のお母さんが亡くなる間際の病床でのエピソードを何回か聞いたことがあります
めちゃくちゃ悲しい話を面白く話す姿に、泣きながら笑ってしまうような感覚がありました
そもそも人の気持ちの部分については、いくら論じても答えは出ないと思います
最近は「配慮」が多すぎない?
本当にこのポスター見て患者の方傷ついたの?
どの位の人数が?どの位憤っているの?
各々の立場で感じ方は変わるとは思うけど、ちょっと抗議するハードルが低すぎじゃない?
こう言う物を出すと言う事は、そう言う所に意図があるんじゃないの?別に色々な意見があって然りでしょ。排除する事より、冷静になって考えてみたっていいんじゃないの。自分としては、医者って何が治せるのか知りたいです。
このポスターが癌患者という設定はどこに書かれているのでしょうか。
終活はいいのに人生会議が駄目なのもよく分からない。
「自分の場合は」でコメントした方が良い。
意思疎通が出来ない状態で、歯が痛いまま死を待つなんて恐ろしい。
他にも、激痛がの症状が伝わらない場合もある。
カッコ良く死にたいから、考えて伝えておきたい。
ポックリは幸せですよ
不快に思う、配慮が足りないと感じる方もいらっしゃるであろうけれど、無宗教人口が高く、明確な死生観を持たない方が多いなかでの啓発は、個人の尊厳の為にも大切だと思います。
長い闘病で家族を看取り、現在要介護の家族を持つものとして、この厚労省の人生会議PRポスターは意義あるものだと思います。