「揺さぶられっ子症候群」=通称SBS。頭を激しく揺さぶられることで脳に出血や腫れなどの症状が出ることが特徴です。
この症状が子どもに見つかった場合、児童虐待が疑われます。しかし最近、SBSで児童虐待の罪を問われながら無罪となるケースが出てきていて、司法や医学の現場からもSBS理論への疑問の声があがり始めています。
「つかまり立ちをしてて後ろ向きに転んだ」
大阪府守口市に住む菅家良弥さん(38)と夫の英昭さん(45)夫婦のひとり息子・たっくん(仮名・2)は今、乳児院に預けられています。「あふれ出る愛情をもっと注いであげたいと毎日思います」(菅家良弥さん)
不妊治療の末、ようやくできた待望の子どもでした。親子3人の生活が一転したのはおととし8月、良弥さんとたっくん2人だけで家にいるときでした。
「ぱって見たら、(たっくんが)つかまり立ちをしてて、転ぶからやめてよって行こうとしたら後ろ向きに転んだんですね」(菅家良弥さん)
当時、厚さ約1センチのジョイントマットを床に敷いていました。生後7か月だったたっくんはソファーに手をつき、つかまり立ちをしていましたが、突然後ろ向きに頭から転倒。後頭部を打ち意識を失い、救急車で運ばれました。
実はたっくんは2日前につかまり立ちを始めたばかりでした。手術で一命を取りとめ、たっくんの意識は2週間後に戻りました。
虐待を疑われ… “根拠”は「SBS理論」
ところが、事態は思わぬ方向へ向かいます。事故から約2か月後、警察の家宅捜索を受け、任意での事情聴取が始まります。当時の状況をありのままに話しましたが、信じてもらえませんでした。「(警察は)転んだだけではそんなんならへんねんって。話がかみ合わないんですよね。向こう(警察)は転んだだけじゃならないから虐待と。私は見ているから転んでそうなってしまっているって」(菅家良弥さん)
警察が虐待と疑った主な根拠とされるのが「SBS理論」です。特徴的な症状は3つあります。乳児を激しく揺さぶったときに血管が引きちぎられて脳内に血がたまる「硬膜下血腫」、網膜などの血管が破れる「眼底出血」、脳が腫れる「脳浮腫」。
これらの症状が見られると、高い場所からの転落などがない限り虐待の可能性が高いとされるのがSBS理論です。たっくんには「硬膜下血腫」と「眼底出血」の症状があったことから、警察は虐待を疑ったのです。
「人にどう思われようと、事実を知っているのは私と息子なのでっていう気持ちでした」(菅家良弥さん)
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190221-10000001-mbsnews-l27
ネットの反応
これ、親元に子供を返す時期はやってくるのかな?
医師の意見が割れていて、1%でも虐待の疑いがあって、その証明ができないんでしょ?
仮に親が事実を主張し続けても疑いは晴れないわけで。
親子1:1の育児で、目を離さないようにしていても、100%事故を防ぐのは無理。
うちの子供は、子供椅子の背もたれに腰掛け、バランスを崩し後ろに落下し、意識朦朧としてしばらくして吐いたので救急連れていったり、子供乗せ自転車でバランス崩して転倒したり、
私も以前つかまり立ちの子供が倒れた際、腕を下敷きにしてしまって前腕が脱臼、整形外科の医師に「腕を強く引っ張ったり捻じり上げたりするとこうなる」と言われゾッとしました。
今では運動能力抜群の女子高生になりましたが、怪我は絶えません
顔見れば虐待してるか分かるわ
凄く怖い。
あの子は帰れてこの子は帰れず。
変な世の中。
定期的に児相がチェックに行けば良い話。
頭からは行かないかなー。3人育てたけど、だいたい尻もちついてました。
児童虐待は犯罪ですので警察署
裁判所の役割です
児童相談所を裁判所にするべきであります
こういうことがしょっちゅうあるから、私は家庭に行政が首を突っ込まない方がいいと思う。勝手な判断で親子を引き離すべきでは絶対にない。児相や警察はこのような誤認があまりにも多すぎる。
本当に虐待されてる子供は親に返すクセになにやってんの?
アホなんじゃないの?
警察の方は「子育ては妻に丸投げです」って言ってるようなものですね。乳児ってつかまり立ちの後、直立で後ろに倒れだしますよ。
警察も児童相談所も、本当の虐待は放置して虐待じゃない案件は「虐待!!」といって保護するなんておかしいですね。
虐待かそうでないかより7ヶ月の子がつかまり立ちしてるのなら「やめようね」の声かけなんてわかるはずない。すぐ手が出る位置で見守らないと。決して過保護に育てると言うのではなく愛情があるなら危険な状態になったときに親が守らないと。親がつけれない時はおんぶをして家事をすればいい。
7ヶ月でつかまり立ち、早い!うちは何もかも遅かったけどハイハイで筋力つけたのか後ろに転ぶなんて無かったな…1歳前後でやっとつかまり立ちくらい。すぐ側にいないと、危ないですよね。。トイレにもいけないくらい 本当にこの頃は目が離せない。結局、親が目を離したせいだといわれても仕方ないのかな。
この手のものはどれだけ調べたところで確信的な証拠は出てこない中で答えを出さないといけない。
虐待されていたのを放置するのが最悪のパターンだから一時的に引き離すのは妥当と思う
確信できないから慎重になるのも当然
証拠などでてきようがないのに証拠不十分で子供を返せない、というのはおかしな話だ。理由になっていない。
この場合なら子供をすぐに返し、ただし監査は厳しくする、という対応が良かったのでは
このような判断ができる人が本当に少ないためにこの手の問題は不適切な対応ばかりだ
判断に迷う場合、疑わしきは罰せず方式で簡単に子供を返してしまうとまた尊い命が犠牲になるかもしれない。こないだの事件みたいに外面のいい犯人ならなおさら。
でも誤認逮捕なら、乳児幼児時代の大切な2年を施設に取り上げられた親子は悲劇そのもの…。お母さんがいなくて夜眠れているか、いじめられてないか、食事はとっているか、自分なら心配で心配で気が狂うかもしれない。
私もジソウに子供を一時保護されました。私の場合、何ひとつ怪我もさせてません。ただ生んだだけ。生後5日で突然子供を連れ去られました。
結婚もしないのが一番安全
子供も作らないのが一番安全
もう人類は滅びればいいじゃないかな
失礼だけどこのお母さん、強面の顔でいろいろ損していそう。
冤罪の場合もあるだろうが、虐待であるときは子供は悪魔と化した親になぶり殺しになる可能性が高い。子供は誰からも守られないのだから冤罪を
恐れずに通報すべきだ。
こういうこと言うとアレだけど、乳児院はなるべく預かりたくないと思うんだよね。
罪は、グレーは白、だけど、取り返しがつかないこともある。
それなりにプロは見ているところはあると思う。
逆に言えば、昔は「事故」で片付けられた虐待死も、もしかしたら少なくなかったかもな…。
問題の本質は、一定数存在する、とんでもない毒親を、どうやって見つけるかって事なんだよね。児相を増やしたところで解決するとは思えないし、こういう冤罪を沢山うみそうなきがする。やはり、子供の主張に耳を傾けるシステムが必要だと思う。
親と子供は別に考えるべきであって、子供の命を守る為に疑わしい場合は、子供の命を優先して行動せざる得ないのは仕方ないと思います。
まして、言葉を話せない乳幼児なら尚更。
虐待する親が存在する限り、このような問題は消えないと思うし、遠慮してたら取り返しのつかない事態になる可能性がある以上、批判的にはなれない。
1%でも疑いがあったら引き離す?
最近1%以上疑いのあった家庭で保護せず死なせてるよね?
まともな家庭から家族を奪って
守るべき命は放置
児童相談所ってクソみたいなトコやな!!
我が家も全く同じ事例で子どもを保護された。親の不注意を猛省し、虐待など神に誓ってしていないから、誠実に調査に応じた。警察も事件性なしと判断し、かかりつけの小児科、児相専属の医師も虐待の可能性は低いと言った。疑いはすぐに晴れると思ったのに我が子が返されるまで酷く時間を要した。
児相ののらりくらりとした対応は唖然とした。
大切に育ててきたのに、突然虐待親にされ、我が子と暮らせない。我が子が人質だと思うと児相に詰め寄ることも躊躇してしまう。そしていつ、我が子と暮らせるか先の見えない不安と恐怖。
このご夫婦がどんな思いで生活されているか、痛いほどわかって涙が出る。乳児と母親を離すことは虐待ではないのか。
やはり、家の中にもカメラが必要な時代。
少しでも疑いがあれば引き離すでいいと思うけどね
アメリカだと子供を一人にしただけでアウトでしょ
返すべき親には返さず、返さずべきで無い親には返す。
おかしい。
世論なんて無責任でその時の都合で掌返しをする。
今回は
「警察は酷い」「子供を返してあげて」
「子供に会えない親が可愛そう」
などのコメントが多い。
しかし、もし子供を返して本当に虐待があって子供が虐待で死んだら
「親の言い分だけを信じるなんて考えられない」
「安易に返した警察の責任」「警察が殺したも同然」
などという掌返しのコメントが殺到するのは明白。
今回、警察の判断は間違っていない。
映像などで100%事故だったとわかってるわけじゃないし、つたい歩きをしてる子を親がわざと押して転倒させた可能性も否定できない。
親に虐待され殺された小4の女の子の例もある。ああなれば取り返しがつかないからな。
無責任な世論に流されないで欲しい。
奴らの悪いところは、いちど「NO」と言ったことは絶対に「YES」にならないこと。絶対に覆らない。間違えを認めないこと。奴らが保護したいのは児童ではなく、自分たちの面目だけ。
普通の疑いのない親子が引き離され、虐待している真っ黒な親の元にすぐ返す。尊い命がいくつ奪われてしまったのか。
理不尽なことです。