【第164回芥川賞・直木賞】
芥川賞・宇佐見りんさん『推し、燃ゆ』
直木賞・西條奈加さん『心淋し川』
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— honto (@honto_jp) January 20, 2021
ネットの反応
この出版不況の中から、年に2回賞に値する本を選ぶのは無理がある。
本を売るための賞だけれども、結局受賞作を読んだ人が、あまり納得いかず読書から離れていく傾向にある気がする。
そういえば昨年が自決して50年の節目であった三島由紀夫も、芥川賞の選考委員を務めていましたが、自身は芥川賞はとっていなかったですね。
数年前に芸人の又吉が「火花」で受賞した時、低迷する出版業界のための話題作りだと揶揄する人が多かったでしたが、読んでみたら文章は確かだと思うし、構成もしっかりしてると感じました。その後、彼のエッセイなども読んでみましたがなかなか面白かった。
受賞するにはそれだけの力がある、と選考委員の作家たちが認めた結果なのだから、いたずらに賞の価値や品格を下げる必要はないと思いますね。
ノミネートもあって数回。直木賞は幅広く大衆性がある小説対象。
昔のチャンバラ小説に象徴された大衆小説の方向に寄る。
かつては社会性を持った娯楽小説を「中間小説」という呼称もあった。
中間小説から大衆小説が今でいうエンターテインメント。
直木賞も何度も落ちれば挙げられなくなる。
世間の話題性があったころは取れない作家の悲哀なんてのもあったり、
筒井康隆の「大いなる助走」のようにパロディで逆手に取った作品もあった。
かつては賞取ればベストセラーになったりもしたが、
今はろくに誰も関心がない。
読書や出版自体が廃れてるしブンガクなんて興味ある人がいない。
三行以上は長文のネットの知的劣化の世界だと文章が読めない。
マンガですら劣化したスマホレベル。
話題性や出版商売なら年一回にして賞金を一千万に上げるとか
絶対に改革が必要。
野球の沢村賞みたいに該当無し、とかあってもいいと思うけど、出版業界の販促のために毎年とか半年に一度の受賞作家の選定って意味のある冠なのかな?
選定基準が曖昧で今年は該当者無し、とか出版社毎の新人賞のような厳選された基準を明確にして欲しい。
純文学とか長編文学で受賞基準が変わるとか、連載出版社に載るか否かで受賞作が変わるとか、客観視で見ると出版業界の癒着でしかないよ。
芥川賞・直木賞受賞作品は読むようにしていますが、ここ10年ほどレベルが低いように思います。特に芥川賞のレベルに?付きです。年1回にしても良いと思います。
それで優秀作が多ければ複数の作品に授賞すれば良いわけで。
ただ、出版社や販売店は反対するでしょうねぇ。受賞作品は売れるコンテンツですからねぇ。
図書館で借りて7割程まで読み進んだ西條奈加さんの連作小説「心淋し川」が初候補作受賞しました。西條さん、おめでとうございます。
受賞後だとなかなか借りられないのでラッキーでした。
佳品だとは思いますが、こうした賞レースには運も大きく左右されるのだなあと痛感してます。
特に同時に候補となった作品との比較という点ですね。
最近時代小説の書き手が増えてきている中で今回は候補作が一作品だけなので、ひょっとしたら西條さんの受賞もあるかもという記事を読んでいたらその通りになりました。
澤田瞳子さんの場合、5年間で4回かな、候補になっていて、「若冲」や「火定」などは十分受賞に値する作品だと個人的には思っているんですけどね。
ともあれ、時代小説ファンとして、西條さんや澤田瞳子さんの今後のさらなる活躍を期待しています。
「推し、燃ゆ」は雑誌に掲載されたのをたまたま読んで面白かったです。
読んだことのあった受賞作は久しぶりかも(その前は「蹴りたい背中」・・・どれだけ昔なんだという)
内容がどうあれ、賞の効果で本が売れるうちは続くでしょう。
逆に、こういう形で話題にならないと本が売れない。
本屋大賞なんかは一般受けする本を大々的に宣伝しているだけ。
信頼のある書店の売上ランキングを見ているほうがよほど刺激的。
前回の「破局」や「背高泡立草」、「むらさきスカートの女」など、芥川賞受賞作は好きで読んでいますが、今回の「推し、燃ゆ」は相当面白いし、わかりやすいので売れると思います。
似た空気感の作品が増えたとは思いますが、芥川賞のレベルが低くなったとは思いません。「わかりやすさ」を求める人が多いので、表現よりストーリーを求められる時代になっているのかなと思っています。
私はストーリーよりも言葉が好きなので、直木賞や本屋大賞よりも芥川賞を楽しみにしています。
にしても、年の2回は多すぎだな。