「認知症になったら何もわからなくなると思っていました。でも、それって実は違うかもしれない。
そのことを確かめるために取材を始めたんです」――そう話すのは、認知症当事者たちの生の声を集めた著書『ゆかいな認知症』(講談社現代新書)を上梓したノンフィクション作家・奥野修司さん。
認知症に対する誤解や偏見はどこから生まれるのでしょうか。当事者とその家族が幸せに暮らしていくための秘訣とは? 奥野さんに聞きました。
若年性認知症だった兄がもたらした「気づき」
――新著は、認知症の当事者たちが自分自身のことを語った貴重な事例集になっています。なぜ当事者から直接、話を聞こうと思ったのですか?もう20年以上前のことですが、兄が若年性認知症と診断され、5年ほど前に亡くなりました。最後の1年くらいは病状が進行して、ほとんど言葉を発することができない状態で、こちらから話しかけても反応がありませんでした。
その時の私は「もう兄には何を言ってもわからないんだろう」と思ってしまったんですね。だから実家にお見舞いにも行かなくなりました。寝ている兄を黙って見ているだけならば、行っても意味がないだろうと思ってしまったのです。
だけど、しばらくして、そう思っていた自分に対して違和感を覚え始めたんです。あのときの兄は本当に何もわからなかったのだろうか、と。
当時の私は、終末期のがん患者の取材をしていて、ホスピス(緩和ケア病棟)などにも足しげく通っていました。がん患者の場合も、終末期になると血圧・脈拍・体温・呼吸数といったバイタルサイン(生体兆候)が落ちていき、話すことができなくなります。
それでも、声をかければどこかで反応するだろうとわかっているから、まわりの人たちは話しかけたり、手を握ったりするわけです。
だけど私は、認知症はもうダメだ、と思ってしまったんです。よく考えれば、がん患者には声をかけるのに、認知症の人には声をかけないなんておかしな話です。
なぜあのとき、認知症の人には話しかけてもどうせわからないと決めつけたのか。「会話ができない」「反応がない」という状態は終末期のがん患者にも似ています。
話せなくなった兄は何を思っていたのだろう。私の認知症に対する誤解と偏見が「どうせわからない」と決めつけていたのではないか。
そこで、がん患者と同じように、認知症の当事者たちもきちんと取材をすれば、話を聞けるのではないかと考え、2013年から取材に取り掛かりました。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190317-00010000-nakamaaru-hlth
ネットの反応
介護職しとりますが、理由はあるんですよその人なりに。でもそれが外からわからないから悩むのが認知症ですわ。忘れても昔の事は覚えてるし、覚えられなくても目印はあるんですわ。
祖父が25円握りしめてタバコを買いに行ったけど買えなかったとしょんぼり帰ってきたり、手を叩いて嬉しそうに歌を歌っている姿を見て、孫の私は、おじいちゃんかわいいなぁと思っていたけど、介護が生活となるとそうは行かないんだろうなぁ。
段階もあるし個人差があると思うね。
軽い認知症なら新しい事が覚えられないとか時間が経つと少し前の事を忘れるという感じなんじゃないのかね。
前頭側頭葉型の認知症の母は、喋れないし、過去得意だったことも忘れてる。もちろん私のことも忘れてる。自分の都合しかない。まるで他人なのに、なんで今一緒にいるんだろう。あるのは、今自分がしたいことだけ。それが理解出来たからと言って何になるんだろうって思う。
いつかのドキュメンタリー番組で死の間際の認知症患者がありがとうと言ったエピソードを思い出したなあ…
介護士ですが、記事の内容は家族や介護士ならわかる人が多い気がします。
理由があるから暴言暴力徘徊って、その理由が遠方の墓参りとかすでに亡くなっている方を探したいとかだったら?
すぐには叶えてあげられない、もう叶えてあげられないことが理由だったら?
特に家族だと休みがないですからね。
高齢の母がいます。
最近、火の後始末や鍵のかけ忘れが多く イライラしていました。
記事を読んで諭されました、もう少し余裕と優しさをもって接してみようと思います。
しゃべったり、自分の意見を言えないだけで、本人にはちゃんとした理由があっての行動なんだろう。小さな子供も一緒だと思う。
認知症の人の介護をしてます。
この記事は当たり前のこと。
この当たり前のことを理解してないから
暴力を受けたり避けたりする。
話しを聞いたり、接したり出来ないから
考えられないんだろうし、解らないんだろうな。
寄り添う気持ちが無ければ、何で叩かれるのか、引っかかれるのか、何も解らないだろうな。
その介護士は同じ認知症の人が俺に抵抗しないこと、俺の言うことを聞くことに対して、あなたは特別なんだね。と言う。
俺は何も特別じゃない。
自分の対応が悪いからってことに気付いていない。
人は目的があって行動する。
制限したらダメ。
第三者に言われても…って意見あるけど、これは良い研究だと思う。
実際にその立場になった時に、この内容を踏まえているかそうでないかで、随分変わってくると思います。
104歳で亡くなった祖母は、晩年はまさに記憶が数分しか続かず、その一方昔のことはすごく良く覚えていました。
テンションが上がると24時間以上ぶっ続けで話したり歌ったりするので、
付きっ切りで介護していた伯父の苦労は計り知れませんでしたが…。
きっと祖母にも外に出たい理由があったのだろうな…と思います。
虚栄心や羞恥心があったのも感じられました。
実際に付きっ切りになると、こちらが壊れてしまいそうになるのだとは思いますが、
それでも自分が壊れないために、このことを知っているのは良いことではないかと思います。
認知症と言っても10段階位あると思う。 認知症当事者として発信してる人は軽度1位でしょ。
家族やヘルパーの助けを得て一般日常送れる人が3位。
施設に入って普通の大変レベルで5位?
問題は食べ方さえわからない、
加減わからないから、自分も他人も傷つける。
精神病院に幽閉されるべき人ですよ。
やまゆりの事件たにしても、
反論出来る知的障がい者は、いやあなたの事ではなく、ではあなたはあなたの言葉が全く届かない重度の障がい者と過ごせるか?
と尋ねたら嫌だと思いますけどね。
私が夫と結婚した時義母は61歳でしたが、結婚を機に夫(息子)が県外から地元へと帰ってきたので、まるで私を無視するように夫の世話を焼きました。
結婚して19年になりますが、今思えば認知症かといいたくなる程、義母は私の存在を無視した行動をしてきました。
そのくせ、親族の葬式や法事の時には都合良く身内扱いでした。
介護職でもの何年も前からこういうことは研修でやる機会はある。あるけど実際現場でひとりひとりに合わせて細かな対応をするっていうのは完全にはできない。分かっていても難しいですよ。
話しかけてもわからないだろうから面会に行かない。
現場で働いていると、そんな感じで面会に来ない家族や親族は少なくない。下手すれば入所日にも立ち会わず、亡くなってから初めて顔を出す人もいる。中には家族仲が悪すぎて、死んでもらって清々したと言わんばかりの人も。
施設に入れたら安心、自分たちは利用料さえ払っていればいい。仕事や家庭があるんだから、面会に行けないのは仕方がない。
本当に仕方ないの?
結局のところ、皆さんは認知症になっても生きていたいのでしょうか?家族や友人がなったら世話してでも生きて欲しい。でも自分なら終わりにしたい。
昔から正解が分かってるピンピンコロリ。それが一番。人生良く生きたと思える時に安楽死したいです。
認知症の祖母と同居で介護をしていました。
「おばあちゃん、今日は病院お迎え来てくれるから、病院行って帰ってきてね。保険証や支払いはわたしが後で行くからね。」って伝えた時に「はーい!…わかったような、わからんような。」って祖母が苦笑いしたことがありました。
でもこれは、可愛らしいタイプの認知症だったので、出来たことかもしれません。
決め付けるのは駄目ですね、勉強になりました。
親が認知症です。
言わない(言葉にできない)、忘れるだけで、いろいろ頭の中で考えてるみたいですね。
理性が弱くなって、本能で生きているような気がします。感覚や感情、昔の記憶はしっかりありますね。
認知症と脳腫瘍で亡くなった身内の世話や見舞いをしてい、ふと、なんだか自閉症っぽくないか?と強く思ったことがあった。伝わりにくいが、独自の認知をしてるんじゃないかと。言葉も発さず。目も合わさないし、若い頃のアルバム見せても食事を口に運んでもはねのける。
終末期になると血圧・脈拍・体温・呼吸数といったバイタルサイン(生体兆候)が落ちていき、話すことができなくなるんですね。
Googleマップのクチコミに書いてあった、日本医科大学付属病院で死んだ人はあれ癌じゃなかったの?
え?もしかして私やばかったのかな?
私と同じで腎機能が低下してたから腹水と胸水を大量に溜め込む腎機能回復方法を勧められてたけどあの死因ってもしかしてこれ?
介護士です。
利用者さんの中には本当に手に負えない方もいらっしゃいますし、正直、このクソ野郎と思う時も多々たります。
しかし、時には可愛らしい部分や、感謝されて嬉しい時もあります。
私は利用者さん達を家族同然のように思っています。
家族さんはもう無理だと思う前に、私たちプロに任せてほしいです。
両親がほぼ同時にボケました。子育てをしている私はイライラしませんが、子育てをしたことがない姉はとてもイライラしていますね。
子どもと一緒です。
父と母が病院で認知症と診断され行動も確かに認知症だと思うのですが、父とは将棋対局がまともに出来ていました。
記事を読むと認知症の人はとてもそんな事出来なそうなのですが、認知症じゃなかったのかな?
この作家さんが、この記事で言っている事なんてまともな介護職ならみんな分かってる事ですよ。
介護はとても魅力のある仕事ですが、待遇が悪すぎる。
やはり、それが一番の問題です。
身内が介護するには、限界がありますしね。
訪問介護でさ予定15分なのに実際は50分。報告のための記録はなんと15分で終了と書く。。じゃあ次の訪問予定はというと余裕の遅刻。そりゃあここ数ヶ月スタッフ辞めたい放題だよ。
うちの母も、少し離れた一人暮らしをしている弟の家に行きたくて家を出たがり、道がわからなくなって警察の方にお世話になることもしばしばでした。
行動や言葉には考えがあっての事だというのは見ていてわかりますが、わからなくなってしまい本人もまわりも辛いのです。
寝たきりになり何もわからなそうになっても、行くと必ずたくさん話しかけていました。
目だけしか動かなくても、じーっと私を見つめていました。
母親を認知症で15年介護して、癌で看取ったが、最後まで子どもの私をわからなくて、介護のお兄ちゃんだったから、人それぞれだと思う。症状も進行も違うしわかる人もいるし、わからない人もいる。
ウチの親父も認知症でした。
認知程度にも波があって、
受け答えがしっかりしている時=今日は繋がってる
受け答えが曖昧な時=今日は繋がって無い
が私も含めた子供たちの評価?でした。
あとウチの場合、親父がイライラしている時には急に話を変えてました。
タイミング次第かもしれませんが、違う話題に乗ってくれればしめたもの。大分楽になりますよ。
祖母は名前を聞くと旧姓を名乗り、住まいは実家。
「家に帰らないと」と、荷造りをして、ハイハイで出て行こうとしました。
その度に、家まで遠いから電車がなくなる。明日早くにしようか?
理由を変えては説得。
本当に遠いので、お墓参りもさせて上げられませんでした。
子供も亡くなった父は覚えていたが、亡くなった事は忘れている。
他の子供は存在すら忘れている事も。
段々と赤ちゃんに戻る様でした。
徘徊の理由。
あるのは何となく理解できます。
日本も尊厳死を取り入れればいいのに、自分が介護を受けるようになったら自害しますよ。息子とか孫に迷惑はかけたくないのでね。