時代は「超ド級」、旧海軍は試行錯誤中
戦艦「扶桑」は、一度見たら忘れられない印象的な外見をしています。まず、そびえ立つ艦橋は増床を繰り返した違法建築ビルのよう。6基もある35.6cm連装主砲塔の配置も独特です。3番、4番砲塔は艦橋、煙突、後部艦橋にはさまれた位置に配置されています。かなり無理なレイアウトに見えますが、「超ド級」戦艦を造ろうとした旧日本海軍の、苦心の作なのです。
「戦艦」の革新的存在となったのがイギリスのドレッドノート級戦艦ですが、世界はすぐにこれを超えた戦艦を研究します。よく使われる「超ド級」という言葉は元々「ドレットノート級を超える」という意味から来ています。
兵器に限りませんが、工業製品開発はつねに追いつけ追い越せの競争です。そうした渦中に飛び込んだ日本の、初の超ド級戦艦が、1915(大正3)年11月に竣工させた「扶桑」です。
「扶桑」は35.6cm連装主砲塔を6基も詰め込みます。この主砲塔は建造コストの削減や取扱いが統一できるというメリットから、「扶桑」のおよそ2年前に竣工した戦艦「金剛」はじめ4隻の金剛型と同じものです。
当時、最大級の35.6cm砲を12門も装備した「扶桑」は「超ド級」にふさわしい戦闘力を発揮できそうですが、実際はそんなにうまくはいきません。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190414-00010001-norimono-bus_all
ネットの反応
これだけの戦艦でも魚雷数発で沈没なんですね‥大和の凄さが改めて分かるような気がします。
最期は勝ち目の無い戦に特攻させ多数の犠牲者を出した。大日本帝国の考えはまさにカルト。二度と繰り返してはならないと再認識した。
大和型長門型より艦橋のインパクトが強くてファンが多い船だね
海上戦艦の次は航空母艦だな
アントノフを軍事利用すれば可能じゃん?
戦艦は漢の浪漫だな
確かに艦橋が違法建築みたいだ!笑
フジミから1/700塗装も接着剤もいらない艦NEXTシリーズが発売されてます。紀伊までアルアル(^-^)
扶桑と山城は一時空母に改装する案があったとかでも結果は伊勢級の後部を改装した航空戦艦になったのみで搭載する航空機がない状態で囮作戦に使われたんだよね。
使い道があったかどうかおそらく搭載する航空機がほとんどなく囮作戦に使われるのみだった可能性が高いでしょうね。
使い道か。
もったいないなぁ、一隻でも
現代に残っていたらなぁ。
凄いね砲門(*´-`)。デカイなぁ。
よく作ったよなぁ。砲門一つでも
かなりの重量だ。
しかも、よく海に浮いたよなぁ。
クソ重いだろうなぁ。
一つの魚雷で撃沈か。
これ考えたら
ヤマトや武蔵は、
やはり更に凄かったんだね、
魚雷何発も受けて撃沈しなかったわけだし、相手からしたら、マジ、
沈まないのかよ∑(゚Д゚)
さぞ、びっくりしただろうなぁ
魚雷対策何かあれば、
日本は驚異だっただろうなぁ。
飛行機技術も世界一
戦艦技術も世界一
当時は凄い日本技術だったよなぁ
日本軍事施設も、外構のレンガの塀も
今見ても凄い頑丈だよなぁ
何あれ、どんだけ分厚く作ったのだろうか、地震で倒れたの聞いたことが無いよな。ひび一つ入らないし^_^。
しかしさぁ、そんな昔によ~そんなモン作ったよな~、先代の知恵・心構えがひしひしと伝わるわ。
合掌。
艦橋はかなり不安定な構造だったろうね?
正直、欠点が多すぎて…何度も直すぐらいなら諦めた方がよかったと思う。
しかし、改めてみると本当に変わった形状だね。上が重すぎて振り子のようにユラユラ揺れて、主砲の精度にも影響したかもね?
長門以前の戦艦は、改修工事を経て鐘楼の様な艦橋になった。だから何となくゴツゴツしてて、後付け感がアリアリ。
それに対して、大和級は設計段階で鐘楼形の艦橋にしてたから、スッキリした佇まい。
だから、扶桑の艦橋の歪さが余計に目立つ。
検索してみたらプラモデルがあるとは…恐るべし。
ジェンガで積み上げて倒れる寸前みたいな艦橋。
唯一無二の造形だと思いますが、本来の戦艦としての価値はあまりなかったのだとおもいましたし、当時の世界情勢を正しく把握できず、大艦巨砲にこだわりつづけた軍部の判断の甘さも感じました。
上陸作戦で艦砲射撃に使えたら有効だったろう。
最後はスリガオ海峡で待ち伏せ攻撃で哀れな最後だった。
いろいろ書かれていますが、子供の頃、ウォーターラインシリーズで大和の次に買った戦艦です。
日本の独自性は今から見ても素晴らしい。失敗作だろうが、アジアのなかで重要な役割を果たしたのは間違いない。韓国なんかベトナムで民間人をレイプしただけ。
敵機1000機が沖縄戦で海に浮かぶ城大和に襲いかかったのでなく、船の操舵を攻撃されて進めど沖縄にたどり着くけず同じところをぐるぐる回って漂い集中弾を浴びた。いわばサンドバッグ攻撃だった。ここで降伏すればよかったのに。
赤城や加賀の様に早々に空母に改装すべきでした。
印象に残るネタ戦艦なだけにファンも結構多いんだよね
日本は、空軍にもっと金を使うべきであった。軍人同士の権力争いでかなわなかった。今もその後遺症があるのではないか。
レーダーが無いに等しいから 肉眼での索敵が重要視され、出来るだけ高い檣楼にするのがトレンド(?)だったんですね。
大金を投じて建造したのに、何の働きもせずに轟沈。
無能な旧日本海軍の象徴。
個人的には好きな戦艦。陸奥の代替としてトラックには出撃できたし、あ号作戦にも参加のためタウィタウィに進出できたぶん山城よりよかったかもしれない。
渾作戦にも間接護衛隊で出撃したのは扶桑唯一の晴れ舞台だったろう。もっとも作戦はすぐ中止になったが…
レイテの時はあまりに悲惨な戦闘であった。
戦ってはいけないどころか、制空権掌握した状態での艦砲射撃、スリガオ海戦の逆状況のような迎撃態勢からの36サンチ12門の一斉射撃はかなりの脅威だろ。
よくあれだけの鉄があったものだ。
やっぱり、
「使い易い物は美しい」
というのは本当なのかな、と…。
どうも不恰好になってしまうってことは、
なんかムリがある構造だったのだろうな。
戦艦としてもアレだが、
フツーに船として、
横波とか不安になる形。
扶桑の艦橋は15階建てだとか。大和が13階建てなのを考えると相当な代物だよな。
祖父は元海軍将校だった。
祖父から海軍のどうしようもない過去は聞いていた。
こんな戦艦を作ったのも先見の明の無さと縦割りの権力構造が産んだのだろう。
扶桑はくびれた艦橋が良いね。山城との区別も直ぐですもんね。今や海外からも人気が高いのも解ります。
そう言えば始めてウォーターラインシリーズの戦艦を作ったのは、この扶桑だった。何も知らなかったのですがね。主砲の配置が狭いので変な感じでしたが^_^