発達障害をめぐり、近年、「グレーゾーン」という言葉がよく使われるようになった。一般的に、発達障害の傾向はあるが診断レベルではないことを意味する。だが専門家からは、本来であれば診断レベルにありながら見落とされているケースもあると指摘する声も。
特に発達障害の一つ、自閉症スペクトラム障害(ASD)の中には、外見上は健常者にみえるタイプがあり、「彼らは他者との違いが理解できるために、最もつらい思いをしている」と訴える。
■ある意味、誰もがグレー
発達障害は、ASDや注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの総称。主な特性として、ASDには、物事や手順へのこだわりが強い
▽コミュニケーションが苦手
▽予想外のことが起こるとパニックを起こす。ADHDには、落とし物・忘れ物が多い
▽じっとしているのが苦痛▽感情を抑えられない-などがあるが、人によってさまざまだ。
「人はだいたい、ASDかADHDのどちらかだ」と話すのは、発達障害を専門とする「どんぐり発達クリニック」(東京)の宮尾益(ます)知(とも)院長。
誰もがASDやADHDの素質を部分的に持ち、それが特技や仕事の向き不向きにつながるもので、「全てにバランスのとれた人はいない。そういう意味では、誰もがグレーといえる」。
ただし、その素質のために社会生活に支障をきたしている場合は「障害」と診断され、必要な支援を受けることができるようになるとする。
■ASDの中の3タイプ
だが、実際に医師らからグレーゾーンとされている人について、発達障害に詳しい京都大の十一元三教授は「専門医が診れば発達障害、特にASDの診断がつく人が多い」と指摘する。
自閉症スペクトラム障害(ASD)は、2013年に発表されたアメリカ精神医学界の診断基準。以前は「自閉症」「アスペルガー症候群」「特定不能の広汎性発達障害(PDD-NOS)」の3タイプに分かれていたが、
明確に線引きでないとして1つにまとめ、連続体を意味する「スペクトラム」と名付けられた経緯がある。
十一教授によると、自閉症よりアスペルガー、アスペルガーよりPDD-NOSの方が、障害特性が会話やしぐさなどに表れにくい。
例えば、ASDの特性の一つである「パニック」は、自閉症ならば「癇癪(かんしゃく)」として表れるが、PDD-NOSでは「思考停止」「固まる」という様態に。
「こだわり」も、前者なら同じ物に執着する「同一性の保持」として表れるが、後者では「正確さや整合性の追求」になるという。
そのため、ASDの中でもPDD-NOSに近い人ほど障害が見過ごされやすくなると十一教授は指摘。特性が見えにくいことから軽度の障害と思われがちだが、
「発現の仕方が違うだけで生活上の困難は同じ。むしろ、他人との違いが自覚できるために苦しみ、周囲から孤立して鬱病などの二次障害を起こしやすい」と強調する。
引用元: https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190826-00000502-san-soci
ネットの反応
ちゃんとした病気で治療中ならわかるんやけど、自称発達障害の人いるよなー。
自分が不利になるとすぐ病名だす。。
自分的にも広範性の方とは自覚してる。
現代は多いよな。
発達障害を理由に、犯罪者が減刑対象となるようなことが無いように法律を再整備して頂きたいですね。
こんな方でも運転免許が取れるから怖い!
煽り運転の石橋、宮崎、大阪の坊さん…、一度検査してほしい。
結果、グレーやそのものだったら免許が取れないようにすべきだ!
確かに自閉症のかんしゃくは普通じゃない。
自閉症の人がかんしゃくを起こすと
周りが怖くなってしまって
人間関係の継続が不可能になってしまう。
添付されているグラフの中で、どの線が診断(判定)レベルか明記されていないので、話が理解しにくい。
精神障害なんて全て科学的根拠なんて無い! それよりも精神薬が与える影響の方がもっと重要!
化学物質が身体にいいわけがない!
濃いグレー薄いグレー超薄グレー…
どこで区切るんだろ
純白なんているのかね
履歴書に自分の特性を書く欄を設けて周知させては?
いじめられるかな?
人の道に逸れず、自分の事は自分でして、自活できればそれで良い。
難しい事ですが、最近小学校などてクラスですごく落ち着きがないとか、お調子者で騒いでしまうとか、で直ぐに発達障害なのではと、おやも先生も心配する例がとても増えています。
子供は時には興奮してしまいとてもはしゃいでしまったり、お笑いにこってしまい笑いをとるためにわざと授業中にへんな行動をとったりもします。
たしかに病気と判断されたら、おやも先生もある面で病気だからと一呼吸おけるのでしょうが、病気にされてしまった子供はどうなんだろうと考えてしまいます。
若い世代が、精神的な病気なのと言う方も多くなりました。
だけども、人は皆それぞれに辛さを抱えて生きています。
そこを自分のなかでどのように噛み砕き飲み込んでいくかで成長し大人になっていくのではないでしょうか。
病気に逃げる人ばかりでは、国の将来かとても不安です。
強い心を育ててこそ困難があるときに立ち向かえる大人になると思います。
診断が出る・出ないとか、支援を受ける・受けないって話が話題になりがちですが
親は子が一番就職しやすい道を探してあげてください
具体的にはその子が取れる資格を見極めて取らせてあげてください
私の親戚に日本有数の大学を出て、数十社の面接に落ち、フリーターをしている子がいます
ご両親は専門学校に通わせて資格を得る道を再検討されているようです
グレーゾーンの子はコミュニケーション能力全盛の時代に非常に脆いです
頭がいい子、個性のある子であっても社会に出る入り口を開けません
子供の頃のケアがどれだけ手厚くても、就職できなければ人生はそこで詰んでしまいます
親がいなくなっても生きて行けるようにするための大事なポイントかと思います
だから何だという気もするがな
グレーだったら障害者補助金でも出るのか?国は何もしないだろう
結局発達障害者の中にも優秀なやつとそでないのがいるだけだ。そんなの普通の世界と何も変わらん
親が望んでも 療育や支援級には簡単に行けない。今はたくさん 療育を受ける子がいて グレーの子どもは入れない。それにグレーだと
個性として受け止めるしかなく 特性を知って親がそれに合わせた関わり方を教えていただけるくらいで 専門の先生に教えてもらえることなんてない。そんな子は 通常級へはいらざるを得なく
そうなると
クラスでも自己肯定感が下がりまくり 本人も周りの活動についていくのに必死で ついていけないと自分だけ目立つことになって本当に可哀想。
だったら支援級で比べられることなく惨めな思いをすることなく過ごせた方がどんなにいいかと思ったことが何回もある。
でも診断がつかないと入れないと言われ諦めるしかなかった。特別多動でもなく目立たない発達凸凹だとうもれてしまって 担任も見逃されてしまう。得意不得意の差が激しいために なんで出来ないのだろうと思われてしまう。
グレーゾーンが一番やっかい。
一見普通に見えて異常に物事に執着したりする。
ストーカーとかこの部類。
ADHDとASDの併発もいる。自分がそれ。今30代後半で子供の頃には概念自体がなかった。理解されない行動が多かったせいでずっといじめられてきた。
大人になって診断が下りたが、正直大人の発達障害はより理解が得られにくい。表面上の異常がないと人は健常者と見なす。二次障害の双極性障害まで患った自分には人生の意味なんてわからない。
発達障害という言葉は嫌いです。
以前から完璧な人っていないし、どんな人にも、
なんか変なところがあると思ってた。
本記事を読んでやっぱり感じてた事は正しかったと
確認出来た。
要は、その変なところが社会生活の中で許容範囲かどうかです。
因みにその変なところは子供の成長と共に変わります。
大人になり変なところが緩和され溶け込んで正常になる事もあるし、
イジメやストレス等をきっかけで逆に助長され登校拒否や引きこもりになる事もあります。
医者に子供を見せて発達障害と診断され絶望すること親も沢山いると思う。
そもそも昔は発達障害なんて言葉はなかった、代わりに生きる力を与える暖かい親の愛情があったと思います。
発達障害についてどう向き合うかと考える時、先ず知識を持つことは重要。しかし、知識がすべてを解決してくれると期待しないことも大事。障害者と向き合うとはそういうことだと思う。
個性を障害にして何になるんだろうね。
犯罪者にならないよう早めの療育が望まれます。国や自治体がもっと積極的に動いて欲しい。
親が賢くありたいね。ピリピリしろってんでなくて、何が得意で何が不得手か冷静に分析できたら、大人の理解をすすめる教室があるといいな。
苦しむ子供も減るし
人と接する仕事をしてるとかなりの割合で軽度の発達障害の大人もみるからね大人のためにも
私の息子も小学校に通うようになり落ち着きがないと学校から検査を受けるように言われ、病院や子ども家庭センターにも行きましたが、はっきりした診断が出たのは18歳になってからでした
まだまだ日本には子どもの発達障がいを正しく理解し診断ができる医師が少ないそうです
私は睡眠時無呼吸を診てもらっていた呼吸器科の先生が探して紹介してくださいました息子も大人になり、今さら考えても仕方ないし、たらればですが、公的な支援など、どのような支援が受けられただろうか、いろいろと考えることもあります
でも今、ありがたいことに息子は友達にも恵まれ、生きづらさを感じながらも道を逸れずに生活してくれていることを感謝するように心がけています
発達障害の子を持つ親が発達障害の可能性が高い
また親が精神疾患になるような環境を子に与えている可能性がある
そしてこれをその親たちは認めたがらない
発達障害という診断を受けて安堵する親も多いそれは親として自分は悪くないという逃げに繋がっている
周りと同じではならいという文化が子供と接する時間の多い女性に強くあたりまえ普通が周りと同じであるということを強要する傾向がこの国にはありそこに固執する大人が多くなったが為に人とは違う考え方や行動が目に付き発達障害と結びつけたがることにも繋がっている
現在の親たちが子供のころ今でいう発達障害に該当する子は思い起こせば居たのではないだろうかしかしながら通常学級で同じように学校生活を過ごしてきているはずです
発達障害といわれる子を枠に当て嵌めるのは大人の固執であって子供の突出した能力を見極め育むのも大人の役割だと考えます
グレーゾーンのレベルにもよりますが、個人的には、中途半端な希望より、現実を受け止めて支援を受けられる方が良いと思っています。
障害者という括りに入ることを嫌がる親御さんもいますが、きちんと認めて、支援を受けることで、子ども自身の為にもなるし、親もいろんな面で楽になります。
行政にも頼れるし、手帳が交付されればお金だってもらえる。世帯所得にもよりますが、例え僅かでも、障害を持つ子どもを残して死ぬ親にとってお金は大事です。
障害者という名称がつこうがつかなかろうが、今いるお子さんが現実の姿で、それ以上でもそれ以下でもない。現状からどうしていきたいのかを考えたら、「グレー」って別に希望の光でもないと思います。
自分もグレーだと思うし、学校や正社員で働く事が当たり前の世の中をなんとかして欲しいと思っている人間だけれども。
障害年金の不正受給とか、他人が何かしてくれて当たり前みたいなお客様ポジションの障害者は辞めて欲しい。
それと産経新聞さんには精神科の科学的診断を医療利権に負けずに主張して欲しい。
30代以上は概念さえ無いまま育って来た世代。しかも大人になってからの診断が難しい。親との関係性や成育歴の聞き取りすらままならない人も多いと思う。
環境や出会いの相性によって気付いたり気づかなかったり上手くいったりいかなかったり様々ですね。
細かく判定できてアドバイスしてくれるAIプログラムが一般化したら一家に必須ダウンロード さぞや儲かるんじゃない?
自分の傾向と弱点を早期に知ることは二次障害防止にもなるしね、
進路や仕事選びの参考にもなる。
グレーと言われる子って昔では「落ち着きがないなぁ?」って言われてた子ですよね。それはそれでクラスでみんなが個性として受け止めてた気がする。
今の世の中は障害の判定を受けた子に対しては寛容的だが、そうじゃない所謂グレーな子には厳しい気がする。「一回検査受けたら?」とか白黒つける事が正しいみたいな感じになってる。
本人も親も悩んでいたりするのに…。
人の個性は十人十色。もっと幅広く受け入れれる世の中になって欲しい。
このような状態、を捉えて指差して笑ったり、除け者にしようとする社会をどうにかしないと、グレーゾーンだろうがなんだろうが、発達障害の方々に、心の安寧が訪れることはないでしょ。健常者の精神を作る教育をしていかなきゃ
親としてはグレーでも黒でも見ないふりをしたいんだろうけど、それは子供のためにならない。
母親は療育に行かせたいが認めたがらない父親が療育に行くことを反対したおかげで、結局小学校で呼び出されて先生から指摘され、父親がショックを受けていた、という話も周囲にはある。
療育は幼児のころから受けないとなかなか難しい。
あと、グレーだと「まだいいんじゃないかな」と検診でも言われて療育が遅れるパターンがある。
疑いがある時点で発達センター等で見てもらうのが良いと思う。