ネットの反応

父親の高級家具大塚ブランドを継承していても久美子社長の手腕では
時代の波を乗り越えられるスキルなく赤字転落になったと思いますね、ニトリが成功したようなイメージがあったのか不明ですが、路線はシフトしているのは確かですニトリ起業時とは時代も異なり勝負に出たのが安易でした。

大塚家具いまボロボロになった責任は、久美子お嬢さんにあると思いますが、株主達にも責任があると思いますよ。低価格路線に大半の株主が賛成し、久美子さんに一任しました経緯もありましたよね。

潮目の変わりは、その時からと思います。久美子さん一人だけではなく、大塚家具の大半株主も自己責任をとって。。。。

同族企業によくある「お家騒動」でしょうね。
この場合は父と娘の争いの中、ヤマダ電機が漁夫の利を得て
ブランドイメージが定着している「大塚家具」を傘下に置いた。一方の大塚家は創業家のメリットも、久美子氏の経営の信頼度も
両方失ったと言えるのではないでしょうか。

女性を主導的立場にって口で言うのは簡単ですが、
女の浅知恵ではそれなりの規模の企業を動かすのは無理でしょう。

今、後出しじゃんけんだから大勢はこの久美子アホかと言えるが、俺は当時を思えば無理からぬことだと思ってる。
その高級イメージがニトリらによって変わり、客足は低調だったんだわ。恐らくは刷新でなく高級路線と同時にカジュアル的な路線も併走させようとしてたのかなと思った。
それが真っ向からケンカなって、併走戦略が二択化なったでしょ。
なんでこうなるのwと思ったわけさ。

内紛でなく、双方切り分けて併走していたら、リスクも分散化できて、しかし1つのブランドは守れるという事ができていたのだろうが、何かを間違えたな、この親子。

消費者が企業の経営者間の争いに長期間気に留めるはずがない。偏に彼女の販売戦略の誤り以外ない。正解が分からなければ従前の方針を堅持し守りに徹し正解を探索するしかない。安物のコンサルはちゃちな分析手法を駆使してそれっぽく正解を仕上げる。ほとんどが間違う。

記者会見で「低価格路線という誤認によりブランドイメージが揺らいだ」と語っていたようですが、久美子社長になってからしばらくして大塚家具に行きましたが、明らかに接客や社員の質が落ちていました。

二度と行くか!と思い、それ以来『大塚家具ファン』を辞めました。私の場合、ブランドイメージではなく、大塚家具そのものの低下です。

おそらく、ブランドイメージの問題ではなく、新しい顧客をつかめなかったり、何故売り上げが回復しなかったのかの正確な理由もつかめていないこと。おそらく、優秀な参謀も存在せず、会社の中では裸の王様だったんじゃないでしょうか。

だから、自分の中での想像だけが優先し、果たして、他人の意見を聞き入れていたのか?彼女に、ビジネスの才能は無かった。私は、そう思います。

大塚家具は、3年前ショウルーム行ったけど、オレンジジュースやいろんなドリンクがレストランみたいに飲み放題で、店員さんもたくさんいて、100万円するシャンデリアがそこに飾られてた。そう言うお金持ちのための家具屋も少しは必要かもと思った。少しはなだけでたくさんは難しいけど。

低価格路線を目指してるようには見えなかった。

ヤマダ電機に入ってから見たら、ニトリと言うかコーナンみたいな雰囲気の一角があり、安そうな家具が置いてあった。家電に比べたら安いみたいなニトリより安い家具。

大塚家具は、みんな今お給料安いから昔みたいに行かなくなっただけで、少しかわいそうな気もする。

当たり前のように、一部のデイトレーダーの計画に乗せられて担ぎ上げられて、女性特有の魅力で一旦株価が上がり、利益確定売りが進んで暴落。そんな計画の末路、起こるべくして起こり、結果こうなることは当初から明白だった。全てが当たり前の流れであり、当たり前の結果。
さすがにここまで馬鹿正直な末路を辿ったのは呆れるにもほどがある、ってやつ。
親父さんはそこら辺、見極めが早かったね。

【何故に社長父を愚弄するのか】久美子氏が父で有る社長が一代で苦労して作り上げを出来た会社を父を否定して追い出したのか。私見で言うと、まずは父の苦労して築いた会社、父に尊敬の念を基本は持つべきである。

それがベースとして経営理念でバチバチぶつかっても普通である。にもかかわらず、排除 排斥にパワーを出すのは以ての外である。

己が社長になるまでじっくりと父の経営哲学の良し悪しを辛抱して見極める。そうしないと社長としての器量と人を動かす人望も養えない。この辺が元久美子社長は自覚が無い。

社長としての経営手法がダメで社員からの人望 信頼も無い。全て父をリスペクトする器量が欠落している事が何もかも下降線を辿る起点になった。■何もかも身から出たサビ!

失敗してしまったけど、試みとしては間違っていなかったと思います。

昔ながらのやり方でほそぼそやっていくか、活路を見出すために大胆に改革するか、のどちらかしか選択肢は無かったのだから。昔ながらの稼業、それも大型家具店が生き残るのは難しい世の中になりました。